調子がいい日と悪い日、そのどちらも“正しい”ということ

― からだの波を、良し悪しで切らないということ ―

からだには、波がある

毎日同じように過ごしていても、
からだの調子は、同じではありません。

軽く感じる日もあれば、
理由もなく重たい日もある。
よく眠れたはずなのに、だるさが残る日もあります。

それは、異常ではなく、
からだが生きている証拠のようなものだと思っています。


「いい状態」を基準にしすぎない

調子がいい日が続くと、
それが“普通”のように感じられることがあります。

すると、
少し重さを感じただけで、
「今日はダメだな」
「調子を崩してしまった」
そんなふうに考えてしまう。

でも、
からだにとっては、
軽い日も、重い日も、
どちらも自然な状態です。


悪い日のからだが、教えてくれること

調子が悪いときのからだは、
普段よりも、たくさんのことを伝えてきます。

無理をしていた場所。
気づかないふりをしていた疲れ。
休みたかったサイン。

それらは、
調子がいい日には見えにくいものです。

悪い日だからこそ、
気づけることもあります。


からだは、評価を求めていない

からだは、
「今日は何点だったか」
「昨日より良かったか」
そんな評価を必要としていません。

ただ、
今どう感じているかを
そのまま受け取ってほしいだけ。

軽ければ、軽い。
重ければ、重い。

そこに、
正解も不正解もありません。


どちらの日も、同じ一日

調子がいい日だけを
「正しい一日」にしてしまうと、
からだとの関係は、どこか苦しくなります。

うまくいく日も、
うまくいかない日も、
どちらも同じ一日。

どちらのからだも、
今の自分です。


おわりに

調子がいい日と、悪い日。
そのどちらも、“正しい”。

からだは、
一定であろうとしているのではなく、
揺れながら、調整しながら、
ここにあります。

その揺れを否定せずに、
感じていくこと。

それもまた、
からだと付き合っていくための
大切な練習なのだと思っています。