― 怪我をきっかけに、からだの声について考える ―
はじめに
ヨガの現場にいると、「怪我をしました」「しばらくお休みします」
そんな言葉を耳にすることがあります。
それは決して特別な出来事ではなく、長く続けていれば誰にでも起こりうることです。
ただ、そのたびに私は考えさせられます。
からだは、いつ、どんなふうにサインを出していたのだろうかと。
からだは、突然壊れるわけではない
多くの場合、怪我は突然起きたように見えます。
でも、話を聞いていくと、
- なんとなく重かった日が続いていた
- 呼吸が浅く、集中しづらかった
- 「今日はやめておこう」と思った日があった
そんな小さな兆しが、あとから浮かび上がってきます。
からだはずっと何かを伝えていた。ただ、その声がとても静かだっただけなのです。
「できなくなる」ことで見えてくるもの
怪我をすると、今まで当たり前にできていた動きができなくなります。
すると自然と、
- 無意識に力が入っていた場所
- 頑張ろうとしすぎる癖
- 「できる自分」でいようとする気持ち
そういったものが、はっきりと見えてきます。
動けない時間は、失われた時間ではなく、からだとの距離を測り直す時間なのかもしれません。
ヨガは、調子がいい人のためだけのものではない
ヨガというと、元気で、柔らかくて、前向きな人のもの
そんなイメージを持たれることがあります。
でも実際の現場では、疲れている人、悩んでいる人、うまくいかない人のほうが多い。
そして、そういうときこそ「今どう感じているか」に目を向けるヨガの視点が役に立ちます。
できる・できないよりも、感じている・気づいている、ということ。
からだの声は、いつも控えめ
からだの声は、大きく主張してきません。
忙しさや思考の音の中では、すぐにかき消されてしまいます。
だからこそ、マットの上で立ち止まる時間や、呼吸に意識を向ける瞬間が大切になるのです。
おわりに
怪我は、誰かにとっては不運な出来事かもしれません。
けれど同時に、からだとの付き合い方を見直すきっかけにもなり得ます。
うまくいっているときほど、私たちは、からだの声を聞かなくなりがちです。
だからこそ、立ち止まらざるを得ない瞬間に、何が聞こえてくるのか。
マットの上でも、日常の中でも。呼吸とともに、その声を感じていけたらと思います。

