― シャヴァーサナが教えてくれる、一番贅沢な時間 ―
一日が終わり、ようやく布団に入ったのに、なかなか眠れない夜があります。
明日の予定を考えたり、今日の出来事を思い返したり。「もう寝よう」と思うほど、頭だけが忙しく動き続けてしまう。そんな経験は、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。
一番難しい、動かない時間
私たちは、「何かをする」ことには慣れています。仕事をして、家事をして、人と話して、スマートフォンを開いて、少し時間が空けば何かを調べる。気づけば一日のほとんどを、動きながら過ごしています。
だから、「何もしなくていいですよ」と言われると、かえって落ち着かなくなります。身体は止まっていても、心は次の予定へ向かい、「この時間をもっと有効に使えないだろうか」と考え始めてしまうのです。
ヨガの最後に行うシャヴァーサナは、そんな私たちに「ただ横になっていてください」と語りかけます。
頑張ることを、お休みする
シャヴァーサナは、仰向けになって静かに横たわるポーズです。手足を自然に広げ、目を閉じ、呼吸を繰り返す。ただそれだけなので、「一番簡単なポーズですね」と言われることもあります。
でも実際にやってみると、それほど簡単ではありません。身体を動かさないことよりも、「何かをしよう」とする心を休ませることのほうが、ずっと難しいからです。
呼吸を深くしようと頑張らなくていい。身体をもっとゆるめようとしなくていい。上手に休もうとさえ思わなくていい。
ただ、そのままの自分を床へ預けていく。それだけで十分なのです。
床は、何も言わずに支えてくれる
シャヴァーサナをしていると、最初は少し浮いているように感じていた身体が、時間とともにゆっくり床へ沈んでいきます。肩の重さに気づき、背中が広がり、脚の力がほどけていく。何もしていないのに、身体のほうが少しずつ変わっていくのです。
床は、何か特別なことをしているわけではありません。ただそこにあり、静かに私たちを支えています。その変わらない安心感があるからこそ、身体は「もう力を抜いても大丈夫なんだ」と思い出せるのかもしれません。
私たちは毎日、気づかないうちに頑張っています。だからこそ、支えられることを思い出す時間も、ときには必要なのだと思います。
「何もしない」は、何も起きない時間ではない
何もしない時間は、もったいない時間だと思われがちです。
五分あればメールが返せる。十分あれば部屋を片づけられる。その時間で何かを進めたほうが、有意義に感じることもあるでしょう。
でも、畑にも休む季節があります。木々も一年中花を咲かせているわけではありません。呼吸も、吸うだけでは続かず、吐く時間があるからこそ、また新しく吸うことができます。
止まることは、前へ進むことをやめることではありません。次の一歩を心地よく踏み出すために、自分を整えている時間なのです。
最後のポーズだからこそ
ヨガでは、シャヴァーサナは一番最後に行います。
身体を動かし、呼吸を深め、自分と向き合ったあとだからこそ、この静かな時間は特別なものになります。一時間の練習で得たものを、身体と心にゆっくり馴染ませるための、大切な時間なのです。
だから私は、シャヴァーサナを「休憩」だとは思っていません。一時間の練習を完成させるための、最後のポーズだと思っています。
今日も、自分を少し休ませる
忙しい毎日の中で、何もしない時間をつくることは、案外勇気がいることかもしれません。
それでも、ほんの五分だけ横になってみる。呼吸を変えようとせず、身体を動かそうとせず、ただ重力に身を委ねてみる。それだけで、心も身体も少しずつ静けさを取り戻していきます。
頑張ることは、とても大切です。でも、頑張らない時間があるからこそ、また明日も前を向いて歩いていける。
シャヴァーサナは、「何もしない」というポーズではありません。
何も足さず、何も引かず、ありのままの自分へ戻っていくための、大切なポーズなのだと思います。
Mat & Breath
呼吸とともに、自分へ戻る。

