― 足りないものより、すでにあるものに目を向ける ―
暮らしていると、いつの間にか「必要なもの」が増えていきます。これがあったほうが便利。もう少しいいものが欲しい。念のため、これもあったほうがいい。
もちろん、本当に必要なものもあります。でも、ときどき立ち止まって考えてみると、「なくても案外困らないもの」もずいぶんあることに気づきます。そしてこれは、ものだけの話ではないのかもしれません。
ついつい「もう少し」が欲しくなる
もう少し時間があれば。もう少し身体が柔らかければ。もう少し上手にできれば。私たちは持ち物だけでなく、自分自身にも「もう少し」を求めてしまいます。
今のままではちょっと足りない。何かを足せば、もう少しよくなる。そんなふうに考えることは、決して悪いことではありません。
新しいものが暮らしを楽しくしてくれることもありますし、できなかったことができるようになるのはうれしいものです。ただ、「足りないもの」ばかりを見ていると、すでにあるものが見えなくなってしまうことがあります。
マットと身体と呼吸
ヨガも、考えてみれば必要なものはそれほど多くありません。マット一枚分くらいの場所があって、身体があって、呼吸がある。それだけでもヨガはできます。
今日は前屈ひとつでもいいし、太陽礼拝を一回だけでもいい。座って、少し呼吸をするだけでもいいと思います。
たくさんのポーズをしなければいけないわけでも、難しいポーズができなければいけないわけでもありません。何かを足していくことよりも、今ある身体を感じて、今している呼吸に気づく。
ヨガをしていると、ときどきそんな当たり前のことを思い出します。
少なくすることが目的ではなくて
だからといって、何も持たない暮らしをしたいわけではありません。便利なものは便利ですし、好きなものに囲まれて暮らすのも楽しい。新しいものを買って、うれしくなることだってあります。
大切なのは、ただ減らすことではなくて、「本当に必要かな」と、ときどき考えてみることなのかもしれません。
なくても大丈夫だったものや、持っているのにほとんど使っていないもの。反対に、ずっとそこにあるのに、そのありがたさを忘れていたものもあります。
身体が動くこと。呼吸ができること。ゆっくり眠れること。誰かと話したり、笑ったりできること。そう考えてみると、すでに持っているものも意外とたくさんあります。
「これで十分」と思えること
何かが足りないと思うと、それを埋めたくなります。でも、すぐに何かを足さずに、そのまま少し過ごしてみる。すると、「まあ、これでいいか」と思えることがあります。
その「これでいいか」は、あきらめとは少し違います。今あるものをちゃんと見てみたら、思っていたより十分だった。そんな感覚に近い気がします。
必要なものは、意外と少ない。
次に何かを足したくなったときには、一度だけ立ち止まって、「これ、本当に必要かな」と考えてみようと思います。
もしかすると、もう十分に持っているのかもしれません。

